このガジェットでエラーが発生しました

2016年8月20日土曜日

会いたくてたまりません

今日はジールのことを思い出して

会いたくて会いたくてたまらない一日だった。


そして今、思い出した! 今日はジールのお誕生日だ!!と。




2016年7月8日金曜日

星に願いを ☆☆☆


きのうは七夕☆


先週、プラネタリウムで7月の夜空解説を聞いていたので
織姫さまと彦星さま、これだ〜!とすぐに見つけることができました☆

七夕の夜の星空って今まで記憶にないくらいいつも雨なのに。
満天の星空ではないけれど、星を見ることが出来て嬉しかった。



ちなみに娘の願い事は「おかあさんとたくさん遊べますように☆」。


こんど星空を見に行こうねと約束をすると、、
「オバケがくるよ」と不安がり、
「今日はお星様を見に来ました、一緒に見ようと言えば怖くないよ」
「だいじょうぶ。いつもいいこでちゃんと寝ているからオバケもオニもその時は怒らないよ」
などと言いながら眠りにつきました。。




天へ想いを ☆



ジールさんの絵
クロクマ舎 MONSHIO100CATS に応募してモンキー塩田さんに描いて頂きました。


花を添えて飾っていたら娘もジールちんへとねこ草をテープで束ねて持ってきたのでこんな感じで壁にかかっています。

ねこ草ってすぐにポロポロこぼれると思いきや、意外にも長いこと現状を維持しています。
(今のところ1ヶ月くらい。まだまだ大丈夫そう。)



絵だけれどジールを目にすることが出来て、少し心も落ち着いてきた感じ。
描いてもらってよかった!




  

2016年2月16日火曜日

ヒナソウとG−L


先日見つけたひな草と小さくなってしまったG−Lさん。



四十九日が過ぎて少しずつわたしの心も落ち着いてきたんじゃないかと思うけどどうかな。

なんでいないんだろう、なんで死んじゃったんだろう、こうすればよかった、、
楽しかったな、いろんなことがあったね、
ぐるぐると頭の中でジールへの思いがあふれ出てくる。
それを今はあまり考えないようにと意識している。



毎日ほとんどの時間をジールと過ごしていたからか、共にありすぎたせいか
心がぽっかりと、、ではなく
脇腹をがっぽりとかじりとられた感じ。
ついでに腕もいっしょにバクリと やられた、、右側を。

腰かじられた〜!! 
えーっ、腕もないじゃん!!!ってかんじ。

そんな状態も少しづつ慣れてきたというところかな。



ちょうど四十九日の日に見つけたヒナ草がかわいくてジールの代わりにわたしの目を楽しませてくれている。


ヒナソウの花言葉 「寛大な愛・会える幸せ・甘い思い出」


2016年1月6日水曜日

励まし



「そとであそんでいるときジールちんいたら、だっこしてつれてくるからね」


ジールがいなくなり激しく落ち込み涙するわたしを見て 娘が言う。





ジール、どこにいるのかな、、、。

「にゃおちゃんとあそんでいるよ」



ジール、いないね、、、。

「にゃおちゃんとこうえんであそんでるよ」




ジール、ごはん食べにこないね、、、。

「おにくがいいんだって」




ジール、帰ってこないね、、、、。

「にゃおちゃんとあそんでいるよ」「まだあそびたいんだって」






2015年11月29日




ジールいないね、とつぶやくわたしに彼女なりに励ましてくれる。





娘に甘えた寝正月と鍼灸、温泉ですこしずつ意気消沈から復活しはじめている。

・・・が、、いまだに飲み水など置いてしまう、、、。

仏前に添えるっていうのはこういうことなのかな。



















2016年1月1日金曜日

グリーフケア

Grief = 悲嘆、かなしみの種



以下、2011年に下書きしていた内容
  
   〜;〜;〜;〜;    〜;〜;〜;〜;〜

http://gltoko.blogspot.com/2010/06/blog-post.html
  (ハーバルゴールド再び登場)
昨年、G-Lの足の治療をしているときにグリーフケアという言葉を知った。



その頃は何でだろう? 落ち込んでいられる余裕があったんだろうね、^^;
異常な落ち込み・不安・どこに向けてよいかわからない嘆きの感情に襲われていた。
当のG-Lはイキイキとすごし苦しみなんて感じていない様子なのに、
自分がこんな気分になっていてはダメだ、こんな気持ちになるのはおかしいと思っていた。
しかも今またこんな気持ちに陥るの??
これは何なんだ??と調べ、グリーフケアというところにたどり着いた。


「大切な人を失ったあとの悲しみの経過」としてグリーフケアは提唱されているのかな?
今また、この『GRIEF』ということについてアレコレ考えてる。



病気を知らされて、また治療中、介護する人がその温もりを失ったとき、、
予期せぬ突然の悲しみ、、
人それぞれ色んな状態の悲しみ苦しみがやってくる。

そこで生じる感情(さみしい・自責・落ち込み)は心があるから当然のことで
納得できずに怒りや憤りが湧き上がることもあるかもしれない。
これらすべてが悲しい出来事を受け入れまた歩き出すために必要な手順なんだと理解した。

そしてあの頃、悲しくなったり不安になってもいいんだ~と解かったら気分はとても楽になった。


治療や介護、おたがい負担になりすぎては何のための行いかわからなくなる。
治療や介護でわずかでも喜びを見出せればいいけれど。

介護は命を見送る作業ともいえる。
どのようにすごし旅立ちを見守るのか。



いろいろと緩和し調和がとれるようになるといい☆



     〜;〜;〜;〜;〜;〜   〜;〜;〜;〜;〜;〜
上記は以前書いて下書きになっていたもの(2011・3月)

投稿せずにメモ書きのため自分にしかわからない部分も多々あると思う。
介護や治療について考え、答えはなく複雑な気分になり保留したもの。


今回、決定的に違うことはジールの様子。

急に食べなくなってからは、ほっといてくれというような感じだった。



少しずつジールのことまだ残していきます。 2016・元旦